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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)370号 判決 1987年12月24日

原告

兵庫県信用組合(旧名称・兵庫県商工信用組合)

右代表者代表理事

龍治紀男

右訴訟代理人弁護士

大白勝

後藤由二

大藤潔夫

大白勝訴訟復代理人弁護士

上谷佳宏

木下卓男

被告

丹波農業協同組合

右代表者理事

安達久雄

右訴訟代理人弁護士

花房秀吉

右訴訟復代理人弁護士

川岸伸隆

主文

被告は原告に対し、金三二五〇万円とこれに対する昭和五九年七月三一日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による金員及び金一二四一万〇四一四円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  主位的請求の趣旨

主文第一、二項と同趣旨。

仮執行の宣言。

2  第一次予備的請求の趣旨

被告は原告に対し、金三二五〇万円とこれに対する昭和五九年七月三一日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員及び金二八一万三五九九円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

3  第二次予備的請求の趣旨。

被告は原告に対し、金三二五〇万円とこれに対する昭和五七年一二月六日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、中小企業協同組合法に基づき設立されたものであるが、中村精吾(以下、中村という。)は、昭和五七年六月四日、原告からその篠山支店(<省略>)における参事に選任され、同支店における原告の業務に従事していたものである。

2  被告は、農業協同組合法に基づき設立されたものであるが、久下圭祐(以下、久下という。)は、昭和五六年二月七日、被告から主たる事務所(被告肩書地所在)における参事に選任され、同所における被告の業務に従事していたものである。

3  原告は、昭和四三年八月三〇日、株式会社新共和自動車(以下、訴外会社という。)との間で信用組合取引契約を締結して当座勘定取引を開始し、その際、訴外会社は原告に対し、債務を履行しなかつたときは、日歩七銭の割合による遅延損害金を支払う旨を約束した。(主位的請求原因)

4  原告は、昭和五七年一二月四日(土曜日)、いわゆる持出銀行たる被告から篠山手形交換所における手形交換の方法により訴外会社振出にかかる小切手五通(いずれも、額面・金一〇〇〇万円、支払人・兵庫県商工信用組合(原告)である。以下、本件小切手という。)の支払呈示を受け、いわゆる交換尻決済により、右小切手金五〇〇〇万円の支払をなした。

5  当時、訴外会社の原告における当座預金口座の残高は不足していたので、原告は、同月六日、訴外会社に対し、被告の後記保証を得て、本件小切手金五〇〇〇万円の一時貸越(当座勘定貸越契約に基づかない貸越をいう。以下同じ。)を行い、右小切手金の支払をなしたから、原告は、同日、訴外会社に対し右小切手金五〇〇〇万円について、民法六五〇条一項に基づく受任者費用償還請求権又は同法七〇二条一項に基づく事務管理者費用償還請求権を取得した。

6  原告は、右同日、訴外会社に対し前項の支払債務の履行を催告した。

7  本件小切手の不渡返還時限は、昭和五七年一二月六日(月曜日)午前一〇時三〇分であるところ、久下は、右時限の直前、中村に対し、被告の責任において右小切手金五〇〇〇万円を振込送金するので、右小切手をいわゆる逆交換の方法による不渡返還にはしないように依頼し、中村は、右時限頃、久下に対し、右依頼に応じ右小切手を不渡返還しない旨を回答し、もつて、原被告間において、被告は訴外会社が第4項の事由により原告に対して負担する支払債務について履行の責任を負う旨の保証契約が締結された。

8  訴外会社は、右支払債務に対して別表第一記載のとおり六回に亘り合計金一八三〇万七八三六円を支払い、これは同表記載のとおり弁済充当された。

9  よつて、原告は被告に対し、次の金員の支払を請求する。

(1) 残元金三二五〇万円とこれに対する昭和五九年七月三一日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による遅延損害金。

(2) 昭和五七年一二月六日から昭和五九年七月三〇日までの間、未払残元金に対し発生した年18.25パーセントの割合による遅延損害金の合計額から金八〇万七八三六円を控除した残金一二四一万〇四一四円。

(第一次予備的請求原因)

10  原告は、昭和五七年一二月四日(土曜日)、第4項記載のとおり、被告から篠山手形交換所における手形交換の方法により訴外会社振出の本件小切手の支払呈示を受けたが、当時、訴外会社の原告における当座預金口座の残高は不足しており、また、右小切手の不渡返還時限は、同月六日(月曜日)午前一〇時三〇分であつた。

11  久下は、折から監督官庁である兵庫県農林水産部から被告に対する監査があり、本件小切手が不渡になると、被告の訴外会社に対する不正融資が発覚するおそれがあつたから、訴外会社の不渡事故発生を回避し、かつまた、被告の訴外会社に対する不正融資金の回収をも計るため、訴外会社代表者安田嘉之(以下、安田という。)と共謀のうえ、原告に対し被告から本件小切手の決済資金五〇〇〇万円を直ちに振込送金するかのように装い、原告が右小切手を不渡返還しないようにしむけて右小切手金五〇〇〇万円を詐取しようと企て、同月六日午前九時過頃及び一〇時過頃、原告篠山支店次長小山茂明(以下、小山という。)の電話による二度の問合せに対し、情を知つた被告金融部次長細見通世(以下、細見という。)をして、訴外会社は振込資金の準備を完了しており、直ちに被告を介し訴外会社の前記原告当座預金口座あて本件小切手の決済資金五〇〇〇万円を送金する旨を確約させ、さらに、同日午前一〇時三〇分直前頃、自ら中村に電話して、訴外会社の不渡事故は避けたい、訴外会社の資金準備は完了し、被告を介し訴外会社の前記原告当座預金口座あて右小切手決済資金五〇〇〇万円を振込送金することを確約するから、原告が右小切手を不渡返還しないように依頼し、中村をして、右決済資金は被告を介して直ちに振込送金されるものと誤信させ、右小切手について不渡返還手続を行わず交換尻決済をする旨の処理をさせ、もつて、原告から本件小切手決済資金五〇〇〇万円を騙取し、よつて、原告に対して同額の損害を与えた。

12  仮に、前項の詐欺が認められないとしても、久下は、農業協同組合の参事として、小切手の不渡返還期限の直前に相手方金融機関(受入銀行)の参事に対し当該小切手の決済資金の振込に関して通知をする場合には、右資金の振込依頼人が行つている振込資金の準備状況を確認したうえ、その旨の通知をなすべき義務があるところ、漫然これを怠り、訴外会社の本件小切手決済資金の準備が十分でなかつたのに、同月六日午前一〇時三〇分の直前頃、自ら中村に電話をして、訴外会社の不渡事故発生は避けたい、訴外会社は振込資金の準備を完了し、被告を介し訴外会社の前記原告当座預金口座あて本件小切手決済資金五〇〇〇万円を振込送金することを確約するから、原告が右小切手を不渡返還しないように依頼し、そこで、中村は、右決済資金は被告を介し直ちに振込送金されるものと信じ、右小切手について不渡返還手続を行わず、交換尻決済を実行したため、訴外会社は右小切手金五〇〇〇万円の決済資金を取得したが、昭和五九年七月三一日、訴外会社の破産宣告により、原告はその回収が不能となり、同額の損害を受けた。

13  久下の前二項の行為は、同人が被告参事の職務執行としてなしたものであるから、被告は、民法七一五条により、久下の右行為により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

14  訴外会社は、前記支払債務の弁済として別表第二記載のとおり六回に亘り、合計金一八三〇万七八三六円を支払い、これは同表記載のとおり元利金の弁済に充当された。

15  よつて、原告は被告に対し、次の金員の支払を請求する。

<以下省略>

(第二次予備的請求)

16  原告は、昭和五七年一二月四日(土曜日)、第4項記載のとおり、被告から篠山手形交換所における手形交換の方法により、訴外会社振出の本件小切手の支払呈示を受けたが、当時、訴外会社の前記原告当座預金口座の残高は不足し、その決済資金がなかつた。

17  安田は、右小切手決済資金五〇〇〇万円を直ちに振込送金するように装い、原告がその不渡返還手続を採らないようにしむけ、右小切手金五〇〇〇万円を騙取しようと企て、真実は振込送金する意思がないのに、あるように装い、同日午前一〇時三〇分頃に安田が、同月六日午前九時過頃に安田の妻・直子が、さらに同日午前一〇時頃に安田が、いずれも小山に対し電話により、訴外会社は被告を介し直ちに右決済資金五〇〇〇万円を訴外会社の前記原告当座預金口座に振込送金するから、被告に対してその旨を確認してもらいたい旨を依頼し、そこで、間もなく小山は細見に対し、また、中村は久下に対して右の確認の照会をなし、一方、安田は、細見及び久下をして、同日午前一〇時三〇分直前頃、原告側からの右照会に対し、訴外会社は本件小切手決済資金を準備済みであるので、被告から右決済資金を直ちに訴外会社の右当座預金口座に振込送金する旨を確約させ、そこで、中村は、被告を介し右決済資金が直ちに振込送金されるものと誤信し、右小切手について不渡返還手続を行わず、交換尻決済を実行したため、訴外会社又は安田は、原告から右小切手金五〇〇〇万円騙取し、原告は同額の損害を被つた。

18  右騙取金五〇〇〇万円は、同月六日、訴外会社又は安田の被告における預金口座に入金され、被告は、そのうち少なくとも金三六〇〇万円を訴外会社に対する被告の融資金の弁済として領収し、もつて同額の利得を受けたが、これは、原告の前記損害と因果関係のある利得である。

19  久下は、当時、訴外会社が右決済資金の調達に困難をきたしていたことを十分熟知していたから、右調達ができたことには当然疑問を懐くべきであるのに、安田から「本件小切手金の支払について訴外会社と原告との間で話がついた。」との連絡を受け、その真否を原告に照会することもなく、直ちに前記金五〇〇〇万円を領収したことは、同金員が安田の騙取に基づくことを知つていたか、あるいは重大な過失により知らなかつたものであり、従つて、被告の右金員の取得は、法律上原因のないものである。

20  よつて、原告は被告に対し、右不当利得金の内金三二五〇万円とこれに対するその取得の日から支払ずみまで民法所定年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を請求する。

二  被告の答弁

1  認否<省略>

2  主張

(一) 主位的請求について

(1) 久下は、原告主張の日時に、中村に対して訴外会社の原告に対する債務を連帯保証する旨の意思表示をしたことはなく、また、そのように推測される事実も全く存しなかつた。

中村が本件小切手について不渡返還手続を採らなかつたのは、(イ)原告が訴外会社の不渡事故発生を回避する方針であつたからか、あるいは(ロ)中村が久下の回答即ち「訴外会社との送金手続が終了次第、原告あてに送金する。」といつたことを原告あてに直ちに送金されるものと誤解したからにほかならない。

そもそも、被告が顧客・訴外会社の本件当座貸越取引上の債務を保証するということは、金融実務上ありえないことである。

(2) また、久下には、本件保証契約を締結する権限を付与されていなかつた。

(二) 第一次・第二次予備的請求について

(1) 本件小切手の決済資金については、安田すなわち訴外会社から資金の委託がなかつた。従つて、久下又は細見は、中村らに対して送金の準備ができたら、送金する、という趣旨を述べたものであつて、両名が、「必ず送金する。」などと回答するはずはない。

一方、原告側担当者は、訴外会社の資金に不足があれば本件小切手金の支払を拒絶すれば足り、そうすべき職責があつた。しかるに、そのように取扱われなかつたのは、原告と訴外会社間の取引上における何らかの絡みによるものと考えざるを得ない。

要するに、原告は職責に違反し預金不足のまま本件小切手金を支払決済した原告側担当者の落度を被告側担当者久下らに転嫁しようとするものにほかならない。

3  抗弁

(一) 主位的請求について(目的の範囲外の行為)

被告が訴外会社の原告に対する貸金(一時貸越)の債務について保証するということは、法令上も、また定款(二条参照)上も、その事業の目的とはされていない。被告が保証をなすことは、主債務者たる組合員から債権者が国、公共団体又は定款上指定の金融機関(現在・農林中金及び信連)に対するものである場合に限り、例外的に認められているにすぎない。

従つて、本件保証契約が仮に成立したとしても、それは、被告の目的事業の範囲外の行為として無効である。

(二) 第一次予備的請求について

(1) 消滅時効<省略>

(2) 過失相殺<省略>

(三) 第二次予備的請求について(訴訟上の抗弁)<省略>

三  被告の抗弁に対する、原告の反論

1  「事業の範囲外」の抗弁について

(一) 認否及び主張

抗弁事実は否認する。

当時、被告が本件保証契約を締結して訴外会社の倒産を回避することは、被告にとつて事業の遂行に必要な行為であるから、右保証契約の締結は、被告の目的事業の範囲内に属する行為である。

(二) 仮定再抗弁(信義則違反)

被告は、訴外会社に対し農業協同組合法及び定款に違反する不正融資を行つていたが、その不正融資が発覚することを防止するため、本件保証契約を締結したものである。しかも、その結果、右不正融資による貸金債権の回収まで計つたわけである。

すると、被告が、今になつて本件保証契約の締結がその目的事業の範囲外のものであるとして、無効を主張することは、法が本来予定している農業協同組合及びその組合員の利益保護を企図してなしているものではなく、前記農業協同組合法等違反の外形に藉口して、原告の損失において被告に不当な利得を存置させようと意図したものというべきであるから、被告が右抗弁(無効の主張)をすることは、信義則に違反し許されない。

2  「時効」の抗弁について<省略>

3  過失相殺について<省略>

第三  証拠<省略>

理由

一<省略>

二そこでまず、主位的請求の当否について考える。

1  原告が、昭和五七年一二月四日(土曜日)に持出銀行・被告から篠山手形交換所における手形交換の方法により訴外会社振出にかかる本件小切手の支払呈示を受け、いわゆる交換尻決済により右小切手金五〇〇〇万円の支払をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。また、<証拠>によると、右日時、訴外会社の原告における当座預金口座の残高は著しく不足し、右小切手金を決済し難かつたこと、そこで、原告は、同月六日、訴外会社に対し右小切手金決済のため金五〇〇〇万円の一時貸越を行い、これにより右小切手金の支払決済を行つたこと及び原告は、右同日、訴外会社に対し右一時貸越金の支払催告をなしたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない(なお、右一時貸越が被告の保証に基づくものであることは後に認定する)。

右事実によると、原告は訴外会社に対し、民法六五〇条一項により金五〇〇〇万円の受任者費用償還債権を取得したものというべく、かつまた、訴外会社の同償還債務は、同日限り遅滞に陥つたものというべきである。

2 次に、前記一判示のとおり、久下は、昭和五六年二月七日、被告の主たる事務所における参事に選任されたから、同日以後、農業協同組合法四二条三項(商法三八条一項)の定めるところにより、特段の事情のない限り、原告主張の本件保証契約締結の代理権を有する者である。

右事実に、<証拠>によると、被告は、かねて訴外会社代表者安田の依頼により、安田の親族である組合員安田善雄らの名義を利用して、手形貸付等の方法により実質上訴外会社のため融資を行つてきたものであるが、昭和五六年二月、久下が被告の参事に就任してからは、久下が右融資担当の中心になり、引続き訴外会社に対し融資をしてきたこと、しかし、訴外会社は、その後逐年経営の苦しさを増し、久下に対し極力融資を得られるよう強く要請し、久下も、これに応えて融資の便宜を計つているうち融資枠の拡大の必要が生じ、そのため、安田の友人である被告組合員の名義をも利用して融資したが、それでも足りず正規の融資方法のみでは訴外会社の資金繰りに追いつかなくなり、そこで、久下は、組合員でない安田自身などに対する貸付を起すとともに、組合員名義による融資についても信用限度額を越えて融資を実行する等して、多額の不正融資を敢行するに至つたこと、そして、右不正融資について、久下は、複雑な伝票操作、帳簿類の改ざん、オンライン・システム利用等によるキャッチボール決済(手形決済をその呈示日の翌日に廻し、その間の時間差を利用して資金繰りを行い、翌日の決済に遭ぎつける方法による決済。以下同じ。)あるいは本決済と仮決済の併用等により、右不正融資が表面化しないよう種々操作してきたこと、しかし、訴外会社の業績が一向好転しなかつたため、遅くとも昭和五七年一〇月頃には、久下の右資金操作もいわゆる自転車操業の極に達し、日銭に追われる状態になつたこと、同年一二月四日、安田は、訴外会社関係融資金決済のため本件小切手を久下に提示し、久下は、右小切手を篠山手形交換所の交換に廻したところ、案の定、支払銀行たる原告から資金不足を理由に右小切手を逆決済(持出銀行に当該手形小切手を返還してなす不渡返還手続。以下同じ。)をする旨の通知があつたこと、そこで、久下は、キャッチボール決済を行う積りで、原告からの右逆決済の申入れに対する回答を一時保留し、同時に右不渡返還手続実行の期限である同月六日(月曜日)午前一〇時三〇分までに決済資金が調達できるよう、自らその対策に奔走するとともに安田にも協力を呼び掛けたが、右期限までに資金を確保する目途は全く立たなかつたこと、しかし、この侭では逆決済がなされ、延いては前記不正融資が露見するおそれがあつたから、久下は、思案の末、本件小切手につき一旦原告方で決済をしておいてもらい、資金送付の催告がある間を利用して、速やかに金策の手立をたてオンラインにより入金するという、ぎりぎり一杯のキャッチボール決済のほかないと考え、かつまた、そのためには原告と訴外会社間に発生する金銭債務について被告が保証責任を負うこととする積りで、同日午前一〇時三〇分直前頃、原告担当者中村に架電し、中村に対して本件小切手金の決済資金ができたので後日速やかに被告の責任において確実に振込送金するから、本件小切手については逆交換に付さず、原告において決済小切手に加え交換尻決済としておいて欲しい旨を依頼し、これに対し、中村は、久下の右言を信じ、資金は被告の責任で必ず送金されるため本件小切手を逆交換に付することなく決済しようと考え、久下に対し、本件小切手については、依頼どおり、後日決済金送付があるので、逆交換に廻さず原告において交換尻決済にする旨を回答したこと、その結果、本件小切手については、被告の保証の下に(前判示のとおり)逆交換に付さず訴外会社に対する一時貸越金をもつて支払済されることとなつたこと、以上の事実が認められ、これに反する証人久下圭祐の証言は、前顕書証等に対比して、にわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原被告は、昭和五七年一二月六日、被告が訴外会社の前記一時貸越金債務の支払につき保証する旨の保証契約を締結したものであると認むべきである。

3 ところで、農業協同組合法によれば、同法一〇条六項二号により、組合員が国、地方公共団体もしくは定款で定める金融機関に対し負担する債務について保証をなすことを許されているが、その余の債務についてはこれを保証することを禁じ、その目的事業の範囲に属しないものとしているものと解され(同法一〇条一項以下等参照)、また、<証拠>によると、被告は、その定款二条一四号において農業協同組合法一〇条六項二号にある「金融機関」を農林中央金庫及び兵庫県信用農業協同組合連合会と定めていることが認められるから、被告が訴外会社の原告に対する前記一時貸越金債務の保証をなすことは、その目的事業の範囲に属しない行為として、無効であるというべきである。

しかしながら、<証拠>によると、本件の如き保証行為が元来被告の目的事業の範囲内に属していないことは、被告の関係者とくに参事たる久下らにおいて十分知つていたものと認められるのみならず、本件取引の実情などについて考えるに、前判示のとおり、被告は、長期に亘り訴外会社に対する不正融資を敢行し、しかも、その方法たるや員外貸付、帳簿操作及びキャッチボール決済等、そもそも一般金融機関としては到底採用し難い著しい背信的なものであり、かつまた、本件自体も、組合又は組合員の正当利益保護のためやむなくした一職員による一過性の所為というものではなく、被告参事が自ら招来した長期に亘る訴外会社に対する不正融資の表面化をおそれ、これを隠蔽するため、無効な本件保証契約締結を敢行したものであり、その結果、事情を知らない原告の損失において被告側が不当の利得を得ることになつたものというべく、一方、原告側については、原告が本件不正融資に関係したことは全くなく、本件についても、被告側の突発的な申出により生じた一時貸越金について融通をしたものにすぎず、かつまた、その事情について考えると、一般に手形交換における不渡処分がなされることは、当該企業の信用にかかわり、決定的打撃を与えることになるから、関係する金融機関においても、その取扱には慎重にならざるを得ないところ、本件においても、原告が、右不渡処分を回避するため、被告のいわば一時的な融資保証を得て訴外会社に対する一時貸越を起したことは、右の慎重な取扱の一貫としてやむを得ないものであつたというべきであつて、以上の諸点をかれこれ勘案すると、被告が本件保証契約の無効を主張することを認めては、自ら招いた不正融資により生じた債権について、これを善意の相手方たる原告の損失において不当に一方的に補填されることを許すことになり、著しく信義に反するものというべきである。

すると、被告が原告に対し本件保証契約の無効を主張することは、信義則にてらして許されないものというべきであり(これと同趣旨の原告の再抗弁は理由がある)、従つて、被告は原告に対して訴外会社の原告に対する本件一時金債務につき保証人としての責任を負うべきものである。

4  訴外会社が右一時貸越金債務について別表第一記載のとおり六回に亘り合計金一八三〇万七八三六円を弁済したことは、原告の自認しているところであり、かつまた、右弁済が同表記載のとおり右一時貸越金債務に弁済充当されたことは、弁論の全趣旨により認めることができる。

そうすると、原告が被告に対し保証責任の履行として、(1)右一時貸越残元金三二五〇円とこれに対する昭和五九年七月三一日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による約定遅延損害金及び(2)昭和五七年一二月六日から昭和五九年七月三〇日までの間別表第一記載の未払残元金に対し発生した同率の割合による約定遅延損害金から弁済金八〇万七八三六円を控除した残金一二四一万〇四一四円の支払を求める本件主位的請求は理由がある。

三よつて、原告の主位的請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官砂山一郎)

別表第一、第二<省略>

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